結露には勝てないんだぜ
「こんなの無しだろ!?」
俺は派手に結露した壁を見て、そう叫んだ。
確かに、滝みたいに雨が降ったあとに気温があがれば、壁が結露しちまうのは目に見えてる。
だがこのときの俺は、ひたすら壁を塗りお客がぐうの音もでねぇほどキレイに仕上げることしか考えてなかったんだ。
そして俺にはそれができると思ったんだ。
「おいおい、こいつぁひでぇな、誰がやったんだ?」
塗装歴30年のOGフミオでさえ、この状況にはうんざりしているようだった。
「知るかよ、どうせ近所のガキか、となりのイカれたJAPだろ。それにそれを知ったところでこのドラマは誰にもとめられねぇさ、ここは世田谷区、駆けつけるにも2時間はかかる、デロリアンにでも乗らない限りな」
俺がそうやり返すと、フミオはこう言った。
「そんなこといってねぇで、プロテインでも飲んでパパッと元気だせよ、結露したもんはしょうがねぇ。だが、そのクールにショボくれた面だけは、おめぇ次第さ」
そう、タイムマシーンを持っていない俺たちに、起こってしまった事は変えられない。
だがこれからのことは、明るくするもの暗くするのも全部自分次第なのさ。
「助かったぜBRO。あともう少しで俺は…」
「わかってらぁ、それ以上なにも言うな。そうだ!これから帰って倉庫の整理をするってのはどーだ?最高な気分になれるぜ」
フミオには、前に進もうという強い意思がある。
このOGのおかげで、俺はいつも最低な場面を、最小限におさえることができている。
今日は結露して塗れなかったけど、俺たちには明日があるじゃないか。
「へへっ、そいつぁ名案だぜ、いこーぜ、俺たちの倉庫へ!」
そして俺たちはおさらばするのさ、冷たく表情のないコンクリートと、ドイツ製の外車しか転がってない無機質なこの街をな。
なぁ、それって悪いことじゃないだろう?
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俺は塗装屋のトミだぜ
「what`s?」
ローソンの店員は、俺がレジカウンターの上に置いたものを見てそう言った。
50セントみたいにリッチにお会計をしてリュダクリスのように堂々と店を後にするはずだったのに、店員はまるで俺をクーリオの髪型を見るような目つきで突っ立ってやがる。
「なんだ?俺の顔になにかついてるのか?このファック野郎、こめかみにぶちこまれてぇのか
?」
俺にはこの哀れな店員が涙をながし土下座をする様が見えていた。
だってそうだろ?俺は塗装屋のトミだぜ。
だかその店員は俺に命乞いをするどころかこういい放った。
「スマホを…どういたしましたか?」
damm!
目眩で天地がひっくり返っちまった。
俺が差し出したのは棚から持ってきたキットカットバーではなく、俺が家から持ってきてたペンキまみれのスマホだった。
「違うんだ、こいつは間違いだ!」
命乞いをするのは俺のほうだった。
俺の中で、店員の顔がフラッシュバックする。
店に入った時、俺が商品を選んでいる時、俺がブツをカウンターに置いた時…
この店員はいつだって、にやけていた。この俺を見て、にやけていたんだ。
俺はすみませんとだけ言い、小銭を出しぴったり会計をして店をあとにした。
俺の後ろ姿を、あの店員は負け犬のように見ていただろう。
だが、ここからなんだ。
俺はファックな負け犬に違いないが、負け犬にだって、噛みつくことくらいはできる。
石ころと壊れた夢しか転がってないこの町で俺はいつだって噛みついてやるのさ。
なぁ、そうだろ?
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