蔵前橋ストリートマジ混みだぜ
俺は一体、なにをしているんだ…
渋滞に巻き込まれ、ボロボロのハンドルを握る俺の脳裏には、
疑問のみが残った… …
- 数時間前 -
「よぅMy sweet、調子どう?」
朝、俺はある要人を平井駅に送るために、身支度を整えていた。
「大丈夫、塗装屋としての作業はもう終わってるからな、見ろこのてるてる坊主を」
雨が降る中塗料を塗るわけにはいかない。
だからといって、家の中でゴロゴロとIWGPを見るタイプでもない。
それならおれのやることはただひとつ。
「しっかり送り届けてやるからな、安心しろ、俺の運転は世界一だぜ、お前にとってはな」
身支度を終え、要人を車に乗せる。
このとき、俺は全てがスムーズに事が運び、まるでどこかの王様のように優雅な帰宅が出来ると思っていたんだ。
でも、もう全部遅かったんだ。
「今日も仕事がんばれよ、俺は帰ってささっとあんたが散らかした服やら化粧道具やらをかたさねぇと…」
バタンッ!
「ちっ、話の途中でドアをしめるやつがあるかよ、つれねぇやつだ」
でも、悪くはねぇ。
むしろそれでいいんだ。
俺はこう呼ばれている、DOGG-T。
いつだってあいつの犬なのさ。
最高にイケてる俺の車を発進させ、倉前橋ストリートを右折した。
すぐに異変に気がついた。
「おいおい…こいつぁ、どうなってんだ…?」
異様な光景だった。
三車線あるこのストリートが、テトラポットと見間違うくらいに車が敷き詰められていた。
「お、おい…まじかよ…こんな…どうしたんだよ?なぁ?ちょっと、なぁあんた教えてくれよ一体どうなっちまってんだ?」
ウインドウを開け、となりのやつに聞く。
「くそ、これだからよそ者は…渋滞だよ、毎朝このザマなのさ、わかったらさっさと俺の前から消えちまいな、このfu○k野郎が」
やつの暴言はひとまず置いて、いまこの状況を打開しなければならない。
「いやまてよ、一番左の車線ががら空きじゃねーか、こいつぁついてるぜ!」
俺は水を得た魚のように左車線に入った。
とりあえず倉前橋ストリートから抜けれれば俺の勝ちだ。
俺のハードノックライフは、いつだって神様が微笑んでくれるんだ。
今回だってそうに決まってる。
「Hooooooo!みんなこの車線見えてねーのか!?気の毒すぎて泣けてくるぜぇ!」
がら空きの車線をバカみたいに突き進んだ。
こんなことで俺がへこたれるかよ。
俺はDOGG-Tだぜ。
くそな状況にだって噛みついてやるのさ。
左折ポイントが見えてきた。
俺は最高な気分で勢いよくハンドルを切った。
だが今日の神様は機嫌が悪すぎた。
「マザファッ!!なんてこった!!」 手遅れだ。
俺は、方向が全然ちがう高速道路の進入車線を爆走していたんだ。
「くそ!なんでこんなことに!ひきかえさねぇと…くそ!後続者かよ!ちくしょぉぉ!」
俺はフラッシュバックした。
朝からやけににやついた要人の顔、車に乗るときのにやついた要人の顔、ドアをバタンとしめたときのニヤニヤした要人の顔…
あいつは俺がバカみたいに高速道路の進入車線を爆走してそのまま高速道路に入っちゃうのを知ってた。知っていたんだ…。
うぉーーー!
俺は1070円を支払い、高速道路に入った。
地獄があるとすれば、ここ以外に考えられない
。
1ミリも動こうとしない屈強な車の群れに、俺はこれから新入りとして入隊しなければならない。
ウインカーで合図をするが、もちろんなかなか入れてくれない。
やっとの思いで入ったところで、進むこともない。
「…なぁ、俺がなにしたっていうんだよ?そんなのありかよ?こんな仕打ち、あんまりじゃねぇかよ…」
涙が一筋流れたところで、誰かが慰めてくれるわけでもない。
「なぁ、俺はいつだって、うまくやれるはずだろう?大丈夫、今回だって、うまくいくさ…」
意味のない1070円と動かない渋滞という十字架を背負い、俺は三郷方面に埋もれた。
かじりとられた希望と、壊れた夢と共に…。
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俺はコーラならなんでもいい方だぜ
「heyトミ?調子はどうなんた?すまねぇが、コーラが飲みてぇんだ」
相棒の230(フミオ)は俺にそう言ったが、まだ休憩の時間ではない。 .
「ヨゥメン、例えあんたが凄腕の殺し屋だとしても、今はそのペンキを塗ることに集中するんだな」
俺が抱えてる現場はどれも戦場だ。
どれだけクールに仕上げたところで、金が残らなければ意味がない。
その意味では、230には死んでもペンキを塗り続けてもらうしかない。
「damm!お前の死因は俺が決めてやってもいいんだぜ?」
「俺とやり合うだって?どっちにしろコーラが必要ってことだな」
こいつを怒らせてもメリットがない。ここは素直にコーラを買ってくるべきだろう。
俺は車をだし、近くのショップへ出向いた。
「whats up?イカしたネックレスだな。この店に、コーラがあるって聞いて来たんだけど、よかったら見せてくれないか?」
俺は強面の店員に聞いた。
「小僧、おめぇさんみてぇなマヌケ面を追い払うのが俺の日課でね、ちょっと付き合ってくれるか?」
そう言って俺に向けた殺虫スプレーの引き金には指がかかっていた。
「オイちょっとまってくれよ!そりゃないぜ!俺がコソ泥にでも見えたか!?俺はトミイエ塗装だ!ただ、コーラがほしいだけなんだ、金ならある!たのむから、撃たないでくれ」
「おめぇさん、ただもんじゃねぇな。そのへんの小僧とは目がちげぇ。おめぇさん、ひょっとして本物か?…しかたねぇ、持っていきな」
オレを本物と見破った店員は俺にコーラを投げた。
「恩に着るよ!必ずまた来るぜ!ありがとよ!」
俺は大急ぎで現場に戻り、230にコーラを渡した。
満面の笑みを浮かべてお礼を言うもんだと思っていた。
だが目の前の現実は悪い方向に歩く癖がある。
「てめぇ、オレをなめてんのか?こいつはコーラじゃねぇ、ペプシだ。俺はたしかにコーラといった、ああそうだ、コーラって言ったはずだ。なのにてめぇはペプシを買ってきやがった。この意味がわかるか?」
「おい230、なにをそんなに怒って…ま、まさかこれ、コーラじゃねぇのかよ、まじかよ!」
「うるせぇ!知っててオレをはめやがったな!このろくでなしが!てめぇみてぇなカス野郎に生きる資格なんかねぇ!ぶちこんでやる!」
取り出したスプレーガンのセーフティーを外し、俺に向けた。
「待ってくれよ!本当に知らなかったんだ!というかどっちでもいいと思ったんだ!230がそんなこと気にするとは思ってなかった!たのむ!撃つな!」
「だまれ!俺はおまえを信じてた、信じてたんだぞ!いつだって一緒にやってきたおまえを仲間だと信じたんだ!このうらぎりものがー!」
「やめろー!」
びしゃぁぁぁ
「…は?」
スプレーガンから出た赤い塗料は俺ではなく、倒れた230の頭蓋を染め、
力なく倒れ込んだ。
「へへっ、知ってた…さ…おまえが、俺をハメたんじゃ…ないって…」
「おいまじかよ230!頭から赤い塗料が…なんでだよ!」
「おれは…お前にコーラの、ラベルの色を…教えてやりたくて…ぐふっ!みろ、この赤い色…これが、コカ・コーラの…ラベル…」
「もういい!しゃべるな!くそっ、止まれよ、止まってくれよ!」
スプレーガンから出続ける赤い塗料を止めようとする俺に、230が言った。
「もう…いいんだ…おまえなら…オレを分かってくれるって…知れたんだ…十分だろ…」
そっと目を閉じた230の目から、赤い涙がこぼれた。
「230ー!!」
なぁ、人って、いつになれば過ちがなくなるんだろうな?
いつまでたっても、騙しあって、殺しあってる。
もうそれが良いことなのか悪いことなのかもわからない。
でも、俺は思うんだ。
ちょっとした間違いだって笑い合える楽しい世の中がすぐそこに来てるんじゃないかって。
コーラとペプシの違いを気にしなくたって、きっとうまくやっていけるさ。
かつて俺の塗装の師匠だった230と、生意気なガキだったあのときの俺達のように。
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結露には勝てないんだぜ
「こんなの無しだろ!?」
俺は派手に結露した壁を見て、そう叫んだ。
確かに、滝みたいに雨が降ったあとに気温があがれば、壁が結露しちまうのは目に見えてる。
だがこのときの俺は、ひたすら壁を塗りお客がぐうの音もでねぇほどキレイに仕上げることしか考えてなかったんだ。
そして俺にはそれができると思ったんだ。
「おいおい、こいつぁひでぇな、誰がやったんだ?」
塗装歴30年のOGフミオでさえ、この状況にはうんざりしているようだった。
「知るかよ、どうせ近所のガキか、となりのイカれたJAPだろ。それにそれを知ったところでこのドラマは誰にもとめられねぇさ、ここは世田谷区、駆けつけるにも2時間はかかる、デロリアンにでも乗らない限りな」
俺がそうやり返すと、フミオはこう言った。
「そんなこといってねぇで、プロテインでも飲んでパパッと元気だせよ、結露したもんはしょうがねぇ。だが、そのクールにショボくれた面だけは、おめぇ次第さ」
そう、タイムマシーンを持っていない俺たちに、起こってしまった事は変えられない。
だがこれからのことは、明るくするもの暗くするのも全部自分次第なのさ。
「助かったぜBRO。あともう少しで俺は…」
「わかってらぁ、それ以上なにも言うな。そうだ!これから帰って倉庫の整理をするってのはどーだ?最高な気分になれるぜ」
フミオには、前に進もうという強い意思がある。
このOGのおかげで、俺はいつも最低な場面を、最小限におさえることができている。
今日は結露して塗れなかったけど、俺たちには明日があるじゃないか。
「へへっ、そいつぁ名案だぜ、いこーぜ、俺たちの倉庫へ!」
そして俺たちはおさらばするのさ、冷たく表情のないコンクリートと、ドイツ製の外車しか転がってない無機質なこの街をな。
なぁ、それって悪いことじゃないだろう?
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俺は塗装屋のトミだぜ
「what`s?」
ローソンの店員は、俺がレジカウンターの上に置いたものを見てそう言った。
50セントみたいにリッチにお会計をしてリュダクリスのように堂々と店を後にするはずだったのに、店員はまるで俺をクーリオの髪型を見るような目つきで突っ立ってやがる。
「なんだ?俺の顔になにかついてるのか?このファック野郎、こめかみにぶちこまれてぇのか
?」
俺にはこの哀れな店員が涙をながし土下座をする様が見えていた。
だってそうだろ?俺は塗装屋のトミだぜ。
だかその店員は俺に命乞いをするどころかこういい放った。
「スマホを…どういたしましたか?」
damm!
目眩で天地がひっくり返っちまった。
俺が差し出したのは棚から持ってきたキットカットバーではなく、俺が家から持ってきてたペンキまみれのスマホだった。
「違うんだ、こいつは間違いだ!」
命乞いをするのは俺のほうだった。
俺の中で、店員の顔がフラッシュバックする。
店に入った時、俺が商品を選んでいる時、俺がブツをカウンターに置いた時…
この店員はいつだって、にやけていた。この俺を見て、にやけていたんだ。
俺はすみませんとだけ言い、小銭を出しぴったり会計をして店をあとにした。
俺の後ろ姿を、あの店員は負け犬のように見ていただろう。
だが、ここからなんだ。
俺はファックな負け犬に違いないが、負け犬にだって、噛みつくことくらいはできる。
石ころと壊れた夢しか転がってないこの町で俺はいつだって噛みついてやるのさ。
なぁ、そうだろ?
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